季節は7月になり、明日香が空き部屋となっている翔の部屋に越してきてから一月半が経過していた。
そして蓮は1種間の内、半分は明日香と一緒に暮らすようになっていた。その申し出は明日香からの強い要望で、蓮もそのことについては何も口に出さなかった。何より朱莉にとっては拒絶することが出来るはずもなく、ただ素直に従うしかなかったのだ。
(いずれ私は明日香さんに蓮ちゃんを返さなくてはならないのだから。これはその為の準備期間と割り切るしかないのよ……)
朱莉は自分にそう言い聞かせることで納得するしかなかった――
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「それじゃ、行ってくるわね」
玄関先でTシャツにデニム、スニーカーを履いた明日香が体操着姿の蓮の手を握り締めていた。
「お母さん。行ってくるね」
蓮はニコニコと手を振っている。
「はい、蓮ちゃん。行ってらっしゃい。それでは明日香さん。どうぞよろしくお願いします」
朱莉は頭を下げた。
「よし。それじゃ行くわよ、蓮」
明日香は連を笑顔で見下ろす。
「うん!」
「行ってらっしゃい」
朱莉が笑顔で手を振ると、バタンと玄関の扉は閉められた。すると先ほどまで賑やかだった部屋は途端にしんと静まり返る。朱莉は溜息をつくと、バスルームへ洗濯をしに向かった。
洗濯物を回し始めると朱莉はキッチンへと向かい、食器洗いを始めた。今朝は明日香と蓮の為にお弁当を作ったので、朝の食器洗いがいつもより多い。このマンションには食洗器がついていたが、朱莉は一度も使ったことがない。何故ならいずれはこの快適なマンションを出て、普通のマンションに移り住むことになる。
そこで朱莉はなるべく便利な生活に身を委ねないようにしていたのだった。
「ふう……」
洗い物をしながら、何度目かの溜息がつい朱莉の口から洩れてしまう。
朱莉が今朝に限っていつも以上に憂鬱で溜息をついてしまうのには、大きな理由があった。実は今日は保護者同伴の遠足の日だったのだ。
場所は上野動物園で、4月に蓮が幼稚園に入園した時にもらった年間行事案内のプリントを見た時から朱莉はずっと楽しみにしていた。
しかし、幼稚園の遠足を知った明日香が是非自分に参加させて欲しいと訴えてきたので蓮に確認を取ったところ、付き添いは明日香でも構わないと言ったのである。そこで保護者代理として明日香が参加することになったのだ。
ただ、参加できない代わりに朱莉はお弁当だ